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「まさゆき研究所」は、はてなブログに移転しました。

http://masayukilab.hatenablog.jp/
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【2015/12/24 01:10】 | なし | トラックバック(0) | page top↑|
つくば駅から筑波山の山頂まで走る
つくばエクスプレスの終点・つくば駅から筑波山まではバスで行くのが普通だ。
しかし登山口まで距離にして約16km、ランニングをやってる人にとって、ひどく長い距離ではない。今日はちょっと頑張って、つくば駅から筑波山の山頂まで走ってみることにした。



メジャーな国道や県道を行ってもいいが、空気が悪いしつまらない。
さいわい、筑波山付近は江戸の昔から伝統のある道や気分のいい遊歩道があちこちにある。今回は、それらを組み合わせて風情豊かなコースを考えてみた。

1.ペデストリアンウェイ
現在のつくば市の中心部を南北に突き抜ける緑豊かな遊歩道だ。つくば市の象徴といってもいい。ランナーだけでなく、時にはロボットもこの道を駆け抜ける(本当)。

IMG_5395.jpg


2.筑波大学構内
つくば市最大の観光名所にして学園都市の精神的支柱、筑波大学。
1周10キロの広大な敷地の中は至ってフリーダムで、誰でも入れるし好きに散歩できる。走ってきたペデストリアンウェイが多少くねくねしながらも学内を南北に走っているので、安心して進める。


大きな地図で見る

ただ、北の学生寮まで突き進むと道に迷う。ある程度のところで東の大通りに合流するといい。小川が尽きたあと車道と交わるので東に抜ける。


より大きな地図で 抜け道 を表示

3.~東大通り、小田城址
ローソンが見えてきたら昼飯を買い筑波山が見える方向に進もう。一の矢八坂神社というまあまあに大きい神社に出くわす。ここから地方豪族のいた小田城址までまっすぐ道が伸びている。川も渡れる。

IMG_5362.jpg
左奥が筑波山

この道、一見何の変哲もない田舎道だが、豪族の城、渡河橋、中規模の神社、と重要施設をつないでいることを考えるとなかなか歴史のある道だったのではないだろうか。実際、地図で追ってみると今でこそ各施設に分断されているがかつては一本道だった様相がうかがえる。昔は主要道だったのだろう。

途中、Y字路ぽい道がいくつかあるが、基本筑波山の方に直進すれば間違いない。この山に向けてただ進めばいい、という感覚がバカ素直っぽくて気持ちいい。

IMG_5364.jpg
つきあたり。

とか言って山に向けて進んでいると突然つき当たる。小田城址、かつての豪族の城だ。
以前デイリーポータル向けに近所の城址を巡る、という記事を思いつき、調べてみたらインターネットでやりつくしている人がすでにいた。歴史は容易に足を踏み入れるべきではない分野だなと思った。公園として整備中の城址を迂回しつつ筑波鉄道跡地へと分け入る。

4.筑波鉄道跡地(つくばりんりんロード)
筑波鉄道という土浦から筑波山まで走っていた鉄道は廃線になり、「つくばりんりんロード」というセンスの片鱗もない名前の遊歩道に整備し直されている。遊歩道なのでグーグルマップでは目立たないが、実際歩くとにょろりにょろりと途切れずに進みながら茨城を縦断する面白い道だ。

IMG_5366.jpg

しかし、ジョギングコースに最適かも!?と思って一度走ってみたら意外と良くなかった。周りに何も無いため、あまりに風が強すぎるのだ。少し肌寒いと思うとみるみる体温を奪われて、しかも逃げ込む場所も無い。死ぬかと思った。風が強すぎる日は避けよう。
国道125号の下をくぐったら右折。筑波山神社に向かう。

IMG_5368.jpg


6.つくば道
つくば道は徳川家光の時代に開かれた由緒ある道で、筑波山の表参道だ。
道の入り口である北条地区は登山口として栄え、古い寺社や石垣が今も残り鎌倉の山寺のような風情を残す。

IMG_5369.jpg

いまでこそつくば市の中心地区は学園都市に移ってしまったが、負けずに町おこし頑張るぞ!と張り切っていた矢先、2012年の巨大竜巻に襲われて甚大な被害を受けた。やるかたない思いになる。僕は北条地区を応援したい。

さて用水路に沿ってさかのぼり、上記の神社が見えたら角を左折しよう。ここから筑波山神社までは一本道だ。

IMG_5371.jpg

ただここから登りが始まるのでウルトラくそしんどい。下見で走ったとき、マジ死ぬかと思った。しかし季節が良ければ藤や桐の花なども咲き誇り、おいおい源氏物語かよといった平安風情も味わえる。

IMG_5283.jpg
桐壷のポニョ

7.筑波山登山道
神社まで着いたら、あとは神社の右手奥から伸びる登山道で山頂を目指そう。

IMG_5375.jpg
水がうまい。

神社の手水も湧水だし、中腹で湧き出る男女ノ川源流もうまい。
「走れメロス」は最後には湧水飲んで力を出して走り切るが、ここまで20キロ野山を駆けてきた自分にも思わずメロスの姿が重なった。いっそ原作に合わせて全裸になり駆け出したいところだが、休日は意外と登山客が多いのでやめておこう。

IMG_5378.jpg
ゴール

厳密には山頂ではなく双峰の谷間「御幸が原」だが、僕は山頂には何度も行ったのでここでやめにした。もういい。ケーブルカー&路線バスで駅まで戻る。運賃1300円。


筑波大のサッカー部は1年生歓迎行事として、大学~筑波山の深夜往復ランニングをやるらしい。夜明けを山頂で眺めるのだそうだ。それもも楽しそう。往復はキツそうなのでさておいて、いつかそれにも挑戦してみたいなと思う。

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【2014/05/13 00:00】 | なし | トラックバック(0) | page top↑|
天かすは本当に自然発火するのか
デイリーポータルZに記事を書きました。

age900.jpg




記事を気に入ってくれた編集部の古賀さんがいいことを言っていた。



人生の数寄を生み出す装置!
これで記事は90本目になるのだけど、デイリーに関わらなければやることのないことばかり、まさにどれも「人生の数寄」だったなあと感じる。

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【2014/02/28 03:15】 | なし | トラックバック(0) | page top↑|
極東最前線@クアトロ
音楽、演劇、文学、漫画、いったい表現者として活動している人間にとって、eastern youthから影響を受けないということが可能なのだろうか?
彼らのライブを見るたびに、僕は強くそう思う。

quattro130302


ライブ『極東最前線』に参加するのは何回目だろう。20代の中ごろから、何度も何度も参戦してきた極東だが、何年かブランクが空き、正直、昔ほど音に渇望する気持ちでは臨んではいなかった。「あー、久しぶりにイースタン見るなー」ぐらいの緩やかな気持ちでビールを飲みながら出演を待っていた。
しかし、一曲目からその気持ちは頬をはたかれたように吹き飛ばされた。
張り上げる声、ぶっ叩くギター、ドラムとベースのスクランブル、そして音にすべてを委ねてステージでゆらめく吉野寿。
ああ、表現者がここにいる。表現がある。
僕は「表現」というものの力を眼前にし、目に涙がにじんだ。

真に突き詰まった表現は、他者の表現の引き金を引く。
eastern youthのステージを見ているあいだ、僕の心には言葉が洪水のようにあふれ出てきた。30も過ぎてだいぶ経ち、物書きに対していくぶんか剣呑になったが、昨夜は心の土手に穴が開き、これをどう言葉で表せるのかと、無限にフレーズがあふれてきた。
そして、どの言葉でも表せないと悟って、僕は確信する。これが「表現」だからだ。他の何物でも代替不能な表現だから、なのだと。

ちょっと気取って書きすぎた。
平たく話そう。

「アーティストは新曲作ってなんぼ」と言う吉野寿は、中期の作品が絶頂、との評価を受けながらも最近精力的に新作を作っている。最新作の『叙景ゼロ番地』なんかは、なかなかにいい出来だった。
しかし昨日の極東で、その楽曲の発露を知った僕は、さらにひとつ新しい意味付けの中でアルバムを聞くことになる。ライブがアルバムに新たな解釈を吹き込み続ける。そう、吉野寿の表現はまだ健在だ。先に、上に、向かっている。昔の通りの場所には居続けようとしない、走り出す姿勢を保ったままだ。
ライブを通して伝えるものが、イースタンほどに代替不能なバンドはないのではないか。
ライブが本当、アルバムは分身。
それがはっきりしてるから、僕は何度でも極東に行ってしまうのだと思う。

曽我部恵一さんは、「eastern youthがいる限り、僕はいつまでもロックを聴き続けるだろう」と言った。
僕もそうだ。
僕はeastern youthがいる限り、その表現から目をそらすことができないだろう。吉野寿の飛び散る汗、割れ響く音、呻き出る声を受け止めるためにライブハウスに向かうだろうと思う。

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【2013/03/03 21:11】 | なし | トラックバック(0) | page top↑|
2011年末更新1 ~デイリーについて思うこと~
今日はデイリーのイベントのあとで、小野さんや古賀さんとわりといろいろ記事についてお話をした。

そして帰りの電車で、昔のことをぼんやりと思いだしていた。
思えばデイリー道場に投稿を始めたあの頃から、もう3年以上経った。

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学生の頃、僕はブログをやっていて、それには一つの方針があった。
それは「インターネットで僕が書くまでもなく、他の誰かが充分に語っていることについては書かない」というものだった。
当時もインターネットには、何か社会問題についてだばだばと偉そうな文章を書いているだけの人がたくさんいて、そうはなりたくないなと思い、僕は僕の視点と立場から書くべきことを書こうと、23歳の若者なりに決心していたのだ。

というわけで「世間の話題」をネタにすることはほとんどなくなり、必然的にブログの題材は僕個人の中に収束していった。当時はまだテキストサイト全盛期で、文章力と発想だけで読ませるブログを書くのは善とされていたし、僕も若くアイデアも豊かで、それなりにあれやこれや面白いことを書けていた。
好きなブログは「世直しアテナ計画」だった。
しかし、さすがに1年ぐらい書いているとネタもだんだん無くなってくる。
そして、一つのことに気付くのである。

これ以上書くには、自分で実験するか、屋外に出てネタを探すかだな、と。

自分の脳内に、常に新しい風を吹き込ませないとこれ以上は面白くならない。
そういう感覚を強く持ったのだ。

さて、そんな方向性でさらに進展していった僕のブログだが、基本的に友人が読むために書いていて、ほぼ友人しか読んでなかったんだけど、友人だけでなくふらりと立ち寄ってくれる人にも「面白い」と言ってもらえることも出てきて、前よりもだいぶ広い読者を意識して書くようになり始めた。(それでも1日30人ぐらい)

そしていくつか、見た目のいいブログにするコツを分かり始める。
ひとつは、記事のトップに写真を入れること。
記事を見た瞬間、写真が一枚あるということは本当に印象がまるで違う。
途中から記事のトップに写真を入れることを自分への縛りにするようになり、写真をこまめに撮るようになった。

続いて、自分が写っている写真をときおり載せること。
知り合いが書いているブログであっても、書いている人の写真が載っていると、とても安心して読める。当時はフェイスブック文化も普及してなくて、インターネットに個人情報を出す人が少なかった分、これは効果が大きかったと思う。

さらにもうひとつ。
写真は屋外のものであることが望ましい、ということ。
部屋の中で撮った写真はどうしてもせせこましい印象になりがちで、屋外の写真が一枚あるだけで、記事の印象は全然変わった。

文章はもともと文章書きが好きだったのであまり苦労はしなかったけど、ネットで読むときに有効な方法というのはあり、段落の区切り方とか太字を入れるバランスとか、そういうのがひと通り分かってきて、なかなか自分でも満足のいくブログになってきたなあ……、と思った頃にデイリーポータルZと出会ったのである。

これは衝撃的だった。
僕が自分なりにブログの方向性として考えていた物の完成形を、もう何年も前からやっているサイトがあったのだ。しかもみんな文章がうまくて超面白い!
その上ぼくが好きなものは、下らない実験と、料理と、工作と、生き物探しと、都市観察だったので、好きなものの全てがそこに網羅されていた。
「なんだこのサイト!?」と、僕はすぐにデイリーに熱中し、休日は一日中デイリーを読む人になって、それから1年後ぐらいにライターを始めていた。

情報弱者、という言葉がある。
ぼくは基本的にそっち側で、ツイッターとかiPhoneとかWiFiとかの存在を知るのはいつも遅い方だ。
ブログを書いてた頃も、他の面白いブログを見て回ることもしなかったし、コンテンツ作成のHowToを調べることもしなかったので、そんな風に自分で書きながら、コツを感じて覚えていった。
そんなわけでけっこう遠回りをしてライター的なものまでたどり着いた感じなんだけど、何につけ、自分でやったことからしか学べない人間なので、これで良かったのかなと思っています。

(なんか連載を終えるような文章になりましたが、やめません。むしろこの冬は掲載を増やします)

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